何を他力と定義するか

Posted by らじばんだり - 7月 28th, 2014

今日は、昨日テレビであってた、五木寛之がアメリカに行って、いろんな人と”他力”について意見を交換している番組をビデオで見た。

いまいち、会話がかみあっていないっぽい相手も多かったけれど、アメリカでもけっこう”他力”という考えが受け入れられているらしい。

何を他力と定義するかで、自力・他力というのはぜんぜん意味が変わってしまう。
さらに、一般的に言われる他力本願という言葉は、おそらくぜんぜん本来の意味と違う意味になってしまっている。

ただ、誤解か正解かは別にして、他力という言葉は、自分の限界に直面した時に、はじめてたち現れる言葉、必要とされる言葉だという気がする。

おそらく、自分の限界に直面したことがない人には、必要のない言葉だろうし、自分の限界に直面した人間にとっては、必要になってくる言葉なのかもしれない。

いまもって、他力とは何か、正確には私は領解できていない。
よくわからないのが正直なところだ。
だが、それでも、自分の救いの問題として、他力ということは考え続けていきたい。

また、他力ということは、おそらく日本だけにとどまらず、アメリカなどほかの国でもいまとても切実な問いの対象になっているなのだろうなあと、番組を見ていて改めてそんなことを思った。

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